2月8日投開票の第51回総選挙に、私はれいわ新選組公認で立候補しましたが、9835票しか獲得できず大敗を喫しました。投票してくださった皆様には、ご期待に副うことができず大変申し訳ありませんでした。

 日本のプロ野球で名監督の一人と言われる野村克也監督に、「勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし」という名言があります。私はこの言葉を「負けを作らないよう準備を怠るな」という意味に理解して、高市政権の憲法改正への前のめりの政策に対して、愛知15区の選挙区において改憲反対勢力の共同の戦線作りを独自に準備してきました。

 しかし、高市首相の「私を信任するかどうか」という争点設定が功を奏して、裏金議員や統一教会問題などが争点から吹き飛んでしまい、浮動票が沢山流れて自民党の一人勝ちという状況が作られてしまいました。私が如何に準備しても抵抗できない状況を作られてしまったわけで、今回の敗北はやはり「不思議の負け」ではないわけです。

 今回の選挙の最大の特徴は、戦後一貫して続いてきた憲法体制を擁護する第一野党の存在が忽然と消滅したことだと考えられます。昨年夏過ぎ頃までは、敗戦後80年ということで様々な特集がテレビや雑誌等で組まれ、当時の石破首相が80年所感で斎藤隆夫衆院議員の反軍演説を取り上げるなど戦争への反省を語る論調が基調であったことが記憶に新しいところです。

ところが、昨年10月の高市政権の登場によって、空気が一変して戦争準備と憲法改正モードに変わり、今年に入って立憲民主党の解党に至り、あっという間に護憲政党が消滅したのです。戦後80年間定着していたはずの憲法の平和主義が弊履のごとく捨てられてしまいかねません。

 私は昨夏放映された「昭和16年夏の敗戦」というNHKドラマで、日米開戦前夜に東条英機の要請で次世代のエリートと目される平均年齢33歳の官僚たちが「日本戦略研究所」に集められ、日米開戦の結果予測を求められて作成した報告書が「日本必敗」であったことを初めて知りましたが、その原作者が猪瀬直樹氏でした。

 猪瀬氏は石原都知事の下で副知事を務め、その後都知事に就任したものの徳洲会からの不透明な借入金問題で辞職し、現在は日本維新の会の参議院議員です。

 日本の無謀な戦争突入を描いた小説の著者が、高市連立政権に連なる議員であることに違和感を覚えますが、猪瀬氏にせよ、2015年の安保法の合憲を認容して護憲を掲げる立憲民主党の解党に進んだ議員たちにせよ、政治信条に関して本来大切にすべき矛盾感覚を疎かにすることは政治家としての信用に関わると指摘せざるを得ません。

 でも、彼らよりももっと鉄面皮なのは、裏金問題も統一教会問題も政治家として何ら痛痒を感じない自民党の議員たちで、それを率いるのが、統一教会の日本の責任者が作成したTM文書(True Mother・真のお母さま)で32回も名前が出てくる高市首相なのです。

 何れにしましても、政治の世界は勝てば官軍なので、憲法改正と戦争国家化に前のめりの高市政権を早急に退陣させるために、2027年4月の統一地方選、2028年7月の参院選、そして一刻も早い解散総選挙の勝利を目指して戦いを再開する決意を新たにしています。戦後80年間築いてきた日本の憲法体制の破壊と戦争への突入を許さず、政治の腐敗を正してゆくために、すべての心ある人々と、政党や政治グループのすべてがともに立ち上がり結集する政治的プラットホームを築くことをお約束します。

 皆様、これからも宜しくお願い申し上げます。